治療の必要性・合併症

患者さんはよく「自分は糖尿病といわれたけれど、何も症状がないし不都合もない。なぜ治療しなければいけないのか」という質問をされます。

たしかに、糖尿病ではよほど血糖が高くない限りは何も症状がないことがしばしばあります。しかし、血糖が高いままに放置しますと身体のいろいろな部分で不具合が生じてきます。とくに色々な太さの血管に障害が出てきます。これが糖尿病の合併症とよばれるものです。

急性合併症

急激におこるものを急性合併症とよび、高血糖と脱水が主な原因となって意識を失う糖尿病昏睡が代表的なものです。糖尿病による免疫力の低下のために肺炎などの感染症を起こす、あるいは身体のどこかが化膿してしまう、なども急性合併症ですが、それほど多いものではありません。

慢性合併症

問題なのは慢性合併症とよばれるものです。これにはいろいろな病気がありますが、どれにも共通しているのは高血糖が続いたために大小の血管(主に動脈)がボロボロになってしまうことです。小さな血管がだめになることによる網膜症、腎症、神経障害は三大合併症としてよく知られています。比較的太い血管が詰まると、心筋梗塞や脳梗塞、あるいは下肢の壊疽(皮膚やその下の組織が腐る)などを起こすことになります。
これらは視力の低下や失明、尿を作る能力が無くなって透析治療を受ける、しびれや痛みなどの苦痛を生じる、心臓の機能が低下して活動の制限が生じる、麻痺による活動の障害を生じる、など、さまざまな形で患者さんの生活の質(いわゆるQOL)を損ねることになります。

すなわち、糖尿病は必ずしも生命に影響しない状態でも、何らかの形で身体の機能を低下させる恐れのある病気と言えるでしょう。これらの合併症を防ぐには、できるだけ早い時期からほとんど正常に近い状態に血糖をコントロールすることが大切なのです。

食事療法

糖尿病と診断されると重い軽いにかかわらず食事療法が必要です。余分に摂ったエネルギーを体内で処理する機能が低下しているため、必要にして最少のエネルギー(体格や日常生活の活動度から決めます)を摂るように調節しなければいけないわけです。
適正な摂取カロリーの計算といろいろな栄養素のバランスを保つために、食品交換表(日本糖尿病学会編、文光堂)があります。専門医・日本看護協会認定する糖尿病看護認定看護士・日本糖尿病療養指導士認定機構認定糖尿病療養指導士などはこれを用いて指導してくれます。慣れるまで多少時間が必要ですが、たいへん便利なものです。

しかし、いわゆる糖尿病予備軍(境界型)や軽症糖尿病の方ではちょっとした食生活の工夫だけで、かなり効果のあることがあります。糖尿病であっても基本的に食べてはいけないものはありませんが、私はこのような方には以下の食品をなるべく控えるように勧めています。効率よく摂取カロリーを減らすことができます。

  • あまいもの(甘いもの)
  • あぶらもの(油もの)
  • あいだ食い(間食)
  • アルコール

私は「歩く」を増やすことと合わせてこれらを糖尿病治療の『あ』の1増4減と呼んでいます。規則正しい食事摂取、ゆっくりとよく噛んで食べること、ビタミン・ミネラル・食物線維を多く含む野菜を摂ること、などと組み合わせるとさらに効果的です。

運動療法

運動は余分なエネルギーを消費する、インスリンの効きを良くする、ストレスを解消するなどいろいろなメリットがあります。

しかし、糖尿病の患者さんの中には運動を控える必要のある方、あるいはしてはいけない方がいます。血糖のレベルがとても高い人(常に300mg/dl以上など)、血糖が高いだけでなく体内の代謝がうまく行われていない人、眼や腎臓、心臓などの合併症が進んでいる人などです。

これらのチェックを受けてから運動療法を始めましょう。

どんな運動が良いのでしょう?

これはいろいろなところで書かれている通り、有酸素運動が適しています。ただし、最近では少し筋肉を鍛えるような運動も取り入れるとさらに良いとされています。

有酸素運動の中でもっとも手軽に行えるのが『歩くこと』です。いつでもできる、一人でできる、どこでもできる、タダでできる、など良いことづくめです。

食後30~40分後から20~30分間、1日2回を目安とし、1日トータルで10000歩をめざしましょう。道を歩くと思わぬ発見をする余得もあります。
また、買い物ではまとめ買いをしないなど、日頃から歩くチャンスを増やす工夫も大切です。

内服薬(飲み薬)

現在糖尿病を治療する内服薬には大きく分けて9種類があります。

  • 比較的長い時間にわたってインスリンの分泌を促進する薬
  • 食後にだけインスリンの分泌を促進する薬
  • インスリンの働きを良くしたり肝臓でブドウ糖が作られるのを抑制する薬
  • 全身でインスリンの働きを良くする薬
  • 腸管での炭水化物の分解と吸収を遅くして食後に血糖が急激に上がるのを抑制する薬
  • 消化管から分泌されるホルモン(食後のインスリン分泌を促す)の分解を抑制する薬
  • 血液中の過剰のブドウ糖を腎臓から尿中に強制的に捨ててしまう薬
  • 細胞内のミトコンドリアに働いて、インスリン分泌を促進しかつ肝臓・骨格筋でのインスリンの働きを改善する二つの作用を合わせ持つ薬
  • 本来注射でのみ効果がある下記のGLP-1作働薬を、経口で服用しても効果が得られるように工夫をした薬(胃で吸収される)

基本的には主治医の指示を守って服用すれば怖いことはありません。どんな薬にも共通することですが、量を間違えたり、服薬のタイミング(食前や食後など)を間違えたりしないことが大切です。

糖尿病の薬は血糖を下げることが主な働きですから、下がり過ぎ(低血糖)には十分注意する必要があります。食事の極端な遅れや食べそびれ、運動のし過ぎに注意しましょう。あらかじめこれらが予測される時には主治医に相談して飲み薬の調節をしてもらう必要があります。

また、上記5の食後血糖を上がらなくする薬を飲んでいて低血糖になった場合には、食べ物や砂糖ではなくブドウ糖をとる必要があります。主治医やかかりつけの薬局にご相談ください。

     

インクレチン関連薬

以下の経口薬と注射薬の2種の総称で、従来の血糖を下げるだけの血糖降下薬に比べて糖尿病そのものを改善する効果があるとされていますので、真の糖尿病治療薬となる可能性が期待されています。

DPP-4阻害薬

食べ物が到達することによって小腸の特殊な細胞からはインクレチンと総称されるホルモンが分泌されます。そのうちのGLP-1と呼ばれるホルモンは膵臓に働きかけて、血糖を下げる働きのあるインスリンの分泌を促し、逆に血糖を上げる働きのあるグルカゴンの分泌を抑制します。

しかし、GLP-1は分泌されても短時間でDPP-4という酵素で壊されてしまいます。また、糖尿病ではGLP-1の分泌が減少していることがわかっています。

そこでDPP-4の働きを邪魔することによってGLP-1の働きを高めるように開発されたのがDPP-4阻害薬です。1日1~2回飲むだけで毎食後の血糖上昇を抑えますし、食事をしない時は働かないので、低血糖を起こしにくいという特徴があります。

GLP-1アナログ注射薬

上記のごとくGLP-1はDPP-4によって短時間に壊されてしまいますので、GLP-1そのものを体内に入れても効果は期待できません。そこで、その働きは損なわれないように分子構造の一部を変えたもの(アナログといいます)が治療薬として開発されました。経口服用しても消化管で壊されてしまいますので、注射(皮下)する必要があります。毎日注射するタイプと週に1回だけ注射するタイプがあります。

DPP-4阻害薬と同様の食後血糖の上昇を抑制する効果だけでなく、体重減少効果もあるとされています。自然界にある物質から調整されたものと合成されたものの2種類があり、後者は週1回皮下注射するだけで良いタイプも臨床の場で使用されています。インスリン注射との併用も可能です。また、2019年秋には両者を1剤にまとめた配合注射薬も発売され、現在利用可能です。

持続性GIP/GLP-1受容体作働薬

2023年4月に新たな週1回注射のインクレチン関連薬が利用可能になりました。GLP-1とGIP (GLP-1と同様に腸管から分泌されるインクレチンのひとつ)の両者の働きを併せ持つ分子構造を持っています。

GIPの体内での働きは実はよくわかっていないことが多いのですが、この薬剤は良好な血糖改善効果のほかに顕著な体重減少効果が示されています。最も多い量を使用すると、1年弱の期間で体重が10Kg以上減少したというデータが得られています。とくに肥満のある患者さんでの効果が期待されています。

使い捨てタイプの自動注入器を使用しますので、使い方もたいへん簡単です。

SGLT-2阻害薬とは

腎臓は尿を作ることによって体内の余分な水分と不要な老廃物を体外に排出する働きをしています。腎臓で最初のステップで血液から濾し出された尿(原尿)には一定量のブドウ糖が含まれていますが、健康人ではその後のステップですべてのブドウ糖が血液中に戻されます(再吸収)。この働きの大部分を担うのが腎臓の尿細管細胞にあるSGLT-2と呼ばれる酵素です(SGLT-1という酵素もありますが、働く割合がずっと少ないとされています)。これらの酵素の働きによって、健康人の尿中にはブドウ糖が含まれません。

糖尿病で一定のレベルを超えた血液中のブドウ糖は尿中に出てきますが、このために血液中のブドウ糖が治療レベルまで下がるわけではありません。平成26年4月以降に発売されたSGLT-2阻害薬は、この酵素が働かないようにすることによって多量のブドウ糖を尿中に排泄し(60~120g/日)、血糖値を下げて糖尿病を改善します。また、発売前の試験で体重減少効果のあることが示されています(脂肪利用の増加)。

一部の製剤では1型糖尿病の患者さんでも服用が認められるようになりました。

さらに最近では糖尿病以外の患者さんについて検討が行われた結果、一部の製剤では慢性心不全や慢性腎臓病に対する効果が証明されており、保険診療で使用可能になっています。

多尿・頻尿やこれによる脱水の恐れ、尿路や生殖器の感染症のリスクなどがありますが、必要な注意を守って服用すれば糖尿病治療にたいへん有用な薬です。

インスリン注射

1型糖尿病の方はもちろん2型糖尿病でも飲み薬だけでうまく血糖のコントロールができない方はインスリンを注射で補う必要があります。

しかし、ほとんどの患者さんはインスリン注射を勧められると、いろいろな理由で顔をしかめます。痛そうというのがその一番の理由ですが、そのようなことはありません。関連メーカー各社の努力により注射器(インスリン注入器といいます)は信頼性や使いやすさが驚異的に進歩しています。
また、実際に皮膚に触れる注入針はたいへん細いもので針先にも工夫がほどこされており、ほとんど痛みがないと言ってもよいほどです。ただ、はじめての場合にはいくつかの注意点がありますので、担当医や看護師から時間をかけて説明してもらうと良いでしょう。実際にインスリン注射をはじめてから「やはりやめたい」と思われる方はたいへん稀です。

糖尿病は今やだれでもなりうる病気です。インスリン注射は眼鏡や義歯と同じように身体の機能の足りないところを補うだけですから、恥ずかしく思う必要はまったくありません。

インスリン注射を始めるとやめられない?

結論的にはやめられないことが多いのですが、やめられることも少なからずあります。

血糖コントロールが不良であった方が、入院してインスリン注射を始めると、食生活の改善などと相まって血糖がみるみる改善し、最終的にはインスリンが不要になることがあります。生活改善がその理由の一つですが、その他に『糖毒性』がなくなることも理由にあげられます。血糖が著明に高くなると血液中のブドウ糖そのものが体内でのインスリン分泌やインスリンの働きをさらに悪くしてしまうことが知られており、糖毒性と呼ばれています。一種の悪循環に陥っているわけです。

血糖が高いままの糖尿病をやめられないのとインスリン注射をやめられないのとどちらが嫌か、その答えは明らかです。

インスリン注射をすると低血糖が怖い?

インスリン注射による治療を始め、血糖が正常に近く改善してくると確かに低血糖の危険性が増えてきます。

最近アメリカ・カナダで行われた10,000人を超える多くの患者さんについての研究でも、インスリンを使って厳格に血糖をコントロールすると脳や心臓の血管の病気とこれによる死亡が増え、その一因は低血糖の増加であると報告されています(ACCORD試験)。糖尿病でない人と同じようにデリケートなインスリンの働きの調節をインスリン注射で行うことは困難であり、現在の糖尿病治療の限界かもしれません。
個々の患者さんについて考えてみますと、血糖が不安定でどんなに治療を調節しても頻繁に低血糖を起こしてしまう患者さんがいることも確かな事実です。
しかし、多くの患者さんでは食事の時間が遅れた、食事を摂る時間がなく抜いてしまった、他の病気などで急に食欲が無くなり食事量が減ってしまった、あるいはたまたま仕事量や運動量が増えてしまったなど、低血糖を誘発する原因が何か見つかるものです。

主治医の指導や患者さん自らの学習・自覚で低血糖はかなり予防できると思います。

血糖自己測定

インスリンを使用している患者さんは、携帯可能な小型の機器を使用して、自身の血糖の状態を知ることができます。これを血糖自己測定(SMBG:self-monitoring of blood glucose)といいます。専用の穿刺器具を用いて指先などから微量の血液を得て測定します。低血糖や高血糖を知ることによって、その場での対応や長期の血糖状態の改善に役立てることができます。また、医師のインスリン治療の指導の際にたいへん有用です。

さらに最近では持続血糖モニター(CGM)が利用可能です。CGM(continuous glucose monitoring)は、皮膚の下に細針を留置する小さなセンサーを用いて、細胞間の液の中のブドウ糖を測定することによって血糖値を推定することができる装置です。現在、患者さんが自分で管理できる機器は間歇スキャン式CGM (isCGM)と呼ばれるものです。血糖値は専用のモニターあるいは個人のスマートフォン(専用ソフトを入れる)で瞬時に読み取ることができます。継続したデータがグラフ化されますので、低血糖、高血糖や血糖の変動幅のほか設定された範囲内に血糖値が維持された時間なども知ることができます。14日間測定できます。規定がありますが、インスリン治療中の方が健康保険で使用可能です。